船乗りが帰ってきたぞー!

わーい!船乗りが帰ってきた!7ヶ月ぶりの我が家です。

帰ってきたばかりの船乗りさんは船の匂いがします。油の匂い。男の香り。荷物を預けてきて身軽なせいか、ジャケットなのにスニーカーを履いているせいか、ちょっとお出かけ行って帰ってきたみたいな風でやってきたよ船乗り。軽やかすぎるぞ。

帰ってくる前はエ〜とか言うてたくせに、やっぱり嬉しいねぇ。次は陸上勤務なので、しばらく一緒の暮らしが始まります。結婚5年目なのに2回目の新婚生活気分です。ちょっとワクワク。

船ネタは少し薄くなりそうですが、そんな玄番家をひきつづきよろしくお願いしまーす。

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船乗り嫁的、お留守番のコツ

お留守番のキャリアも長くなってきました。

長期の留守番を耐え忍ぶコツは、というと「待たない。」の一言かな、と最近気づきました。つまりは精神的な自立ともいえるけど。

 

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自分の時間軸をしっかり作る。その中で、合わせられるところを、合わせる。そうするようになってから、少し楽になりました。

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「帰りを待つ」というのは、必ず待つ相手がいる、とても受け身の姿勢。相手の動静に一喜一憂して、時間の軸が他者にあるな、と。(子供を育てる、生徒と向き合う、といった時の待つ、はまた一味違うかなと思います。)

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最初の一年、毎度コロコロと変わる船の予定にあわせていたら、気がつけばアルバイトも単発以外やめてしまい、自分の予定が何もたたなくなってしまいました。

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そうなると夫の動静にいちいちカリカリ腹が立つ。誰も合わせろと言っていないのに、勝手に合わせて、勝手に怒っていたんじゃないかと今となって気づきました。

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時間の軸を自分にしてみる。

これやってみたい、あれやってみたい、をどんどんしたら、お留守番の時間がとてもポジティブになってきました。お留守番でがぼーんと空いた時間、これって社会人になってそうそう取れるもんじゃない。でもお留守番の最初の数ヶ月は途方に暮れて泣いてました。

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そのうち3ヶ月、4ヶ月・・半年と経つうちに、「この時間はわしのもんじゃ」と開き直れるようになってきたんですよ。こうなればしめたもの。

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奈良に戻って留守番生活が始まって、まずは書道を始めました。待ってる間に初段になっちまった。(2019年、気づけば準師範)

冬になってからジョギング始めました。体育の成績が学年ビリやったのに、マラソンで10km走れるようになった。俄然お留守番が楽しくなる。自分で築いた世界が少しずつ広がって、つながりも出来てだいぶ楽しくなってくる!

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ぼんやり待っている時期ももちろんアリ。(私季節の変わり目はいつも寝込んでます)でも、待つだけじゃなくて、こうしてみよう、と思うと、なんとなくつまらなかった時間を楽しい時間に変えることが出来るんだなぁ、とようやく気づきました。

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新婚当初、留守番中はCandy crushゲームにハマってほとんど生活がcrushしちゃったんだぜ。あれは勿体無かったわー。

お留守番しているうちに20代が終わって、30代になったけど、悪いことばっかりじゃないかな、なんて思っています。

 

(2020年1月追記)

それからしばらく経ってからの、お留守番のコツ続編です。https://studioameforest.blogspot.com/2020/01/rusuban.html

(追記:留守番中の漫画をのせときます)

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船の不思議ごはん

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船でまたまた不思議な組み合わせのごはんが出たそうで。

おでんとピザに焼き魚。(もちろん米も付く)どれも主役級。どれが主役やねん。

彦摩呂はんなら「味の大衆演劇や〜」的なコメントが来るかしら。

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後日解説があったけど、おでんは「スープ」のカテゴリだと。ラーメンもスープ扱いでステーキと一緒に出てきた日があったけども。

 

 

あめの森のハローワーク

13歳のハローワーク、という本があったのが懐かしい。13歳だった私も30歳を過ぎ、リアルにハローワークをご利用したこともあったっけな。

ネットには「天職」だとか「自分らしく働く」とか、キラキラ言葉が転がっているけど、起きたら隣に天職が添い寝している、なんてはずはない。やってみなけりゃわからない。

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私もここまで実にまぁ、コロコロとワークにハローしてきました。ここで勝手に紹介します。職探しのご参考にも・・・(ならないでしょうけど)

< 19 – 20歳 > 

旅費稼ぎに工場バイト。真夏に毛糸の箱詰めなど、ヤンキーに混じって携帯の組み立てなど。辛い。「罪と罰」の主人公みたいな気持ちになる。

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< 21歳 > 

サラ金のティッシュ配布のバイト。全部アタリのスクラッチカードで店舗に客を流せば歩合でお金がもらえる。口八丁でひっかかりそうな人が好きそうな言葉を並べたら、ホイホイお客が入って歩合で時給を超えた。あまりにも良心が痛み、2週間でギブアップ。

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<22 – 25歳 > 

テキスタイルデザイナーをする。布の柄をデザインする仕事。布は紙より一層モノづくりをしている体感があって、すごく面白かった。しかし巷で流行っている柄はGUCCIとかPRADAのコレクションのパクリが多いことを知り、愕然。

で、自主制作とのバランスや、ストレス、過労で体を壊す。(当時は21時まで仕事をして、それから個人のデザイン制作をしていた…)

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退職後、ハローワークに初めてお世話になる。結構面白い仕事が出てくることを知る。以後、ちびちび個人でのイラストとデザイン制作と並行して、職を転々とする。

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< 25 – 26歳 > 

美大の副手(助手)。美大で働くのは刺激的でとても楽しかった、がしかし、事務方の仕事がとんでもなく苦手なことが発覚。結構大変だったのでややトラウマ。あまりのミスの多さに契約更新されず。学生達がかわいすぎて、母性というか教育系に目覚める。

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契約が切れるも渡りに船乗り、ありがたく結婚が決まり、生き延びる。東京へ転居。なぜか不動産屋の手違いで渋谷区広尾にお住まいになる。(ずっと参っていなかった祖父のお墓の近くだったことが判明。衝撃。)

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< 26 – 28歳 >  

子供の絵の先生。子供と接するのは楽しいけど、先生になるのは別モノだと気づく。教えて導くのマジで無理。「先生」となると子供と自分の関係だけではなく、先生同士の関係、親との関係、果てはその教室の方針・・がややこしい。

いちおうついでにユーキャンで保育士の資格をとっておく。(だがしオムツ替えの実習などない。私はおむつ替え苦手だ)

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< 26 – 28歳 > 

絵の先生と並行してコンビニ店員。広尾、もとい南麻布のマダムや大使館職員など、毛並みの良い客層で人間観察が楽しすぎた。超東京らしい所で、思いっきり関西のおばちゃんな接客をしていた。

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夫、船に乗るため地元に帰る。奈良に転居。

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この頃から、航海中の留守番生活を漫画にしてネットに上げ始める。

同時に、イラスト・デザイン事務所 STUDIO ameforest を設立。(税務署に紙を1枚提出するだけで良くて驚いた)

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< 28 – 29歳 >

観光ガイドを始める。飲食、事務、教育でない仕事、、がここにあった!話すのが好き、学生が好き、なのでハマった。春秋限定日雇い、、だが意外と知らなかった奈良のことを学び直せて、すごく興味がわく。奈良が歴史の宝庫と気づく。

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時間稼ぎにはひたすら鹿のことを喋る。鹿と遊びながら、奈良公園の四季を味わいながら働ける幸せにひたる。

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< 29歳 – 30歳 > 

コーヒー店スタッフ、お蕎麦屋さん助っ人。コーヒーのおいしさに気づく。そばの賄いが美味しすぎる。しかし飲食は体力的にキツい。手荒れがひどくなり、長期では断念。29歳にしてバイト最年長。フリーターの限界が見える。

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<31歳>

観光案内所の英語案内係になる。関西のおばちゃん根性と、習った英語がフルで活きる。奈良の寺以外のアトラクション教えて、夜遊べるとこない?と言われてやや困る(だってないもんは無い)

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始めて2ヶ月でまさかの夫が陸勤務で引越し、に伴い卒業。兵庫県に引っ越す。

<2018.追記>

<32歳>

デザイン・イラストの仕事を自宅で行いつつ、まさかの福祉に足を踏み入れる。やはり家でこもって制作だけするのは辛い。現場で働いていると気づくことや、発想の転換になるので、2足ないし3足のわらじは好んで履いている。

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アートがさかんな知的障害がある人の福祉施設でボランティアをしていたら、「知的障害児の放課後デイサービス」でお絵かきクラスの手伝いをしないか、と誘われて働くようになる。とりあえず取得した保育士免状がまさかの役に立つ。

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これがめちゃくちゃ面白い。スタッフ1人で見る子供は2人ほど。ものすごく、その子に合った対応ができる。健常児の教室ではもっと人数をたくさん見なければいけないので、一人ずつを大事にできないのが辛かった。そう、こういうのがしたかったんだよ!

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子供のセンスが良すぎてシビれる。この人たち、いい意味でも悪い意味でも、常識がぶっ飛んでる。画材の使い方もぶっ飛んでる。絵の具をアホみたいにモリモリ塗ったりする。でもそれがきれいだったりしてすごく楽しい。

気がつけば同じ日にある、大人のデイサービスにもたまに出勤。人の下の世話やら、ヨダレを拭くのが全く苦痛でない自分に驚いた。意外といけるもんやな。人に頼りながら、人を助けている感じ。すごく生きてる感がある。

デザイン仕事は家で一人でこもる。福祉の仕事は一人になれない(笑)いいバランス。

複数の仕事を掛け持ちしているけれど、仕事の本質はどれも一緒だと思います。相手に喜んでもらう。なるべく自分が得意なことで。ジャンルが違う仕事も、全部つながって、相乗効果が生まれています。観光業からのグッズデザイン、とか。

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誘われてイヤと思わなかったら、とりあえずやってみる。

チャンスの船がきたら乗ってみる、やはりこれが人生のモットーです。