船乗り嫁的、お留守番のコツ

お留守番のキャリアも長くなってきました。長期の留守番を耐え忍ぶコツは、というと「待たない。」の一言かな、と最近気づきました。つまりは精神的な自立ともいえるけど。

自分の時間軸をしっかり作る。その中で、合わせられるところを、合わせる。そうするようになってから、少し楽になりました。

「帰りを待つ」というのは、必ず待つ相手がいる、とても受け身の姿勢。相手の動静に一喜一憂して、時間の軸が他者にあるな、と。(子供を育てる、生徒と向き合う、といった時の待つ、はまた一味違うかなと思います。)

最初の一年、毎度コロコロと変わる船の予定にあわせていたら、気がつけばアルバイトも単発以外やめてしまい、自分の予定が何もたたなくなってしまいました。

そうなると夫の動静にいちいちカリカリ腹が立つ。誰も合わせろと言っていないのに、勝手に合わせて、勝手に怒っていたんじゃないかと今となって気づきました。

時間の軸を自分にしてみる。これやってみたい、あれやってみたい、をどんどんしたら、お留守番の時間がとてもポジティブになってきました。お留守番でがぼーんと空いた時間、これって社会人になってそうそう取れるもんじゃない。でもお留守番の最初の数ヶ月は途方に暮れて泣いてました。

そのうち3ヶ月、4ヶ月・・半年と経つうちに、「この時間はわしのもんじゃ」と開き直れるようになってきたんですよ。こうなればしめたもの。

奈良に戻って留守番生活が始まって、まずは書道を始めました。待ってる間に初段になっちまった。冬になってからジョギング始めました。体育の成績が学年ビリやったのに、マラソンで10km走れるようになった。俄然お留守番が楽しくなる。自分で築いた世界が少しずつ広がって、つながりも出来てだいぶ楽しくなってくる!

ぼんやり待っている時期ももちろんアリ。(私季節の変わり目はいつも寝込んでます)でも、待つだけじゃなくて、こうしてみよう、と思うと、なんとなくつまらなかった時間を楽しい時間に変えることが出来るんだなぁ、とようやく気づきました。

新婚当初、留守番中はCandy crushゲームにハマってほとんど生活がcrushしちゃったんだぜ。あれは勿体無かったわー。

お留守番しているうちに20代が終わって、30代になったけど、悪いことばっかりじゃないかな、なんて思っています。

忘れないで奈良県。隠れた実力派。

奈良県。いつも忘れられがち奈良県。クラスでいうと、特に目立たずマイペースで教室の片隅にいるタイプの生徒のようです。本当は隠れた実力派なのですよ。だがしかしその実力は知る人ぞ知る・・・

大仏と鹿だけで片付けられるし(実際目玉だし事実なのですが)

かの文豪志賀直哉に「奈良にうまいものなし」と言われたり(でも実のところ志賀直哉は奈良を愛してるし、実際ご当地グルメは盛り上がらないが美味いものはある)

某広告で「三都物語」と謳っているのでワクワクしていたら、京都・大阪・神戸のことでションボリしたり(関西の雑誌では「滋賀・和歌山・奈良」はオマケの3県として括られている感じが拭えない)

17時にもなれば街は閑散として、夜は帰るしかなく さらにお店はマイペースに不定休のところが多すぎて、観光客としてはせっかく来るのに不安すぎる。

いろいろ惜しいところは数限りない・・・

け れ ど も ! !

ナナメから奈良を覗いてみると

猫カフェが出現するはるか前から、奈良公園はフリーの「鹿カフェ」だし、

ペットが飼えない私にとって、鹿は「会いに行けるペット」、まるでAKB。

大阪の人に奈良から来たというと、山里から来たみたいに言われるけど。奈良市内からだと大阪へは1時間もかからず出られるんです。京都も1時間ちょっと。(ホントに。場所によっては大阪のベッドタウンより便利ですよ)

首都圏に住んでいればあたりまえの通勤時間で、大自然と歴史のある街に住めるのです。その上家賃も安い。

買い物は都会に出た方が楽しいけど、たまに都会に出て爆買いするんが楽しくて。

普段の生活でガチャガチャした情報にさらされないのは思いのほか心地良い!

長ーーい歴史と時間が作り出したお寺や神社の美しさは、一流のデザイナーがどうあがいても作り出せないし

住宅地の間にぽつーんとある古墳やお寺は、ホッとさせてくれます。

マイペースすぎるお店は困るけど、見方を変えれば「無理をせずに、自分のペースで仕事ができる」ということ。

まち全体がマイペースだから、それでも全然大丈夫。奈良的には10年なんてほんのひとかけら、、長い目で頑張りたい、と(笑)

マイペースで出来るせいなのか、お店の人がゆったりしていて、親切なところが多い気がします。消費者としては、物足りないことも多々ありますが、ひとりの住人としてはとても居心地がいいところです。本当に。

ちょっと不便なところも、奈良は日本にあるヨーロッパだと思えば良いかもしれません。(店早くしまる、寺など宗教の時間軸に沿って街が眠る、文化が豊か)もういっそ奈良ごと、堂々と「のんびり生きられる街宣言」したらどうでしょう?

まるで出来の悪い子をかばうような文章になってしまいましたが、私はゆるゆるな奈良の空気を心から愛しております。頑張れよと思うとこもいっぱいあるけど。奈良ええとこよ。

のんびり時間を過ごしに、奈良へお越しください。桜もあと少しで咲きそうです。

また仕事変えるの? 31歳のハローワーク後編


4・5月は奈良の観光案内所にてお仕事です。JR奈良駅で英語のご案内嬢に変身しますヨー 今まで重ねた、英語+奈良+観光ガイドの仕事がついに合体したぞ!

この春からペンネームも変えて、いよいよ本腰いれてイラスト・デザインの活動するぞ!と思っていたのですが。

目がなんかおかしいなと思っていたら、白内障と網膜剥離だってさ。白内のショー!遺伝的に目が弱い家系なので、覚悟していたけど早いよ!でもまだ経過観察で済むので、ご心配なく。信頼できるお医者さんも見つかりました。

という訳でパソコンとスマホに距離を置かざるを得なくなりました。FacebookやInstagramの更新やめないけど減らす。絵を描かずには生きていられないので、辞めることはありませんが、目は大事に大事に・・・

ずっと画面とにらめっこのデザインは控えめにしつつ、文章や四コマ漫画など、デジタル処理が少ない仕事を続けたいなぁと思っています。

人生まさかの連続すぎてビックリしましたが、本人は案外落ち込んでません。パソコン仕事とスマホ時間減らしたら、あっという間に肩こりが改善されたし、快適!それに断りづらかった事を断るきっかけになってスッキリ。

デザインがしづらくなっても、観光の仕事なら喋りがメイン、口が開けばバッチリ大丈夫。診断出て次の日に観光案内所の仕事みつけて飛びつきました。1つダメなら別のもんが必ず来るね!ドンマイ。

てなわけで、JR奈良駅の観光案内所にてゲンバさんがお待ちしてます!もうすぐ桜も咲くし、春の奈良はとっても気持ち良いので、ぜひ遊びにきてください~!

31歳のハローワーク

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13歳のハローワーク、という本があったのが懐かしい。13歳だった私も31歳になり、リアルにハローワークをご利用したこともあったっけな。

ネットには「天職」だとか「自分らしく働く」とか、キラキラ言葉が転がっているけど、起きたら隣に天職が添い寝している、なんてはずはない。やってみなけりゃわからない。

私もここまで実にまぁ、コロコロとワークにハローしてきました。ここで勝手に紹介します。職探しのご参考にも・・・(ならないでしょうけど)

< 19 – 20歳 > 旅費稼ぎに工場バイト。真夏に毛糸の箱詰めなど、ヤンキーに混じって携帯の組み立てなど。辛い。「罪と罰」の主人公みたいな気持ちになる。

< 21歳 > サラ金のティッシュ配布のバイト。全部アタリのスクラッチカードで店舗に客を流せば歩合でお金がもらえる。口八丁でひっかかりそうな人が好きそうな言葉を並べたら、ホイホイお客が入って歩合で時給を超えた。あまりにも良心が痛み、2週間でギブアップ。

<22 – 25歳 > テキスタイルデザイナー。布の柄をデザインする仕事。布は紙より一層モノづくりをしている体感があって、すごく面白かった。巷で流行っている柄はGUCCIとかPRADAのコレクションのパクリが多いことを知り、愕然。

退職後、ハローワークに初めてお世話になる。結構面白い仕事が出てくることを知る。以後、ちびちびイラストとデザインと並行して、職を転々とする。

< 25 – 26歳 > 美大の副手(助手)。美大で働くのは刺激的でとても楽しかった、がしかし、事務方の仕事がとんでもなく苦手なことが発覚。結構大変だったのでややトラウマ。あまりのミスの多さに契約更新されず。学生達がかわいすぎて、母性というか教育系に目覚める。

契約が切れるも渡りに船乗り、ありがたく結婚が決まり、生き延びる。

< 26 – 28歳 >  子供の絵の先生。子供と接するのは楽しいけど、先生になるのは別モノだと気づく。教えて導くのマジで無理。「先生」となると子供と自分の関係だけではなく、先生同士の関係、親との関係、果てはその教室の方針・・がややこしい。

< 26 – 28歳 > 絵の先生と並行してコンビニ店員。広尾、もとい南麻布のマダムや大使館職員など、毛並みの良い客層で人間観察が楽しすぎた。超東京らしい所で、思いっきり関西のおばちゃんな接客をしていた。

< 28 – 29歳 > コーヒー店スタッフ、お蕎麦屋さん助っ人。コーヒーのおいしさに気づく。そばの賄いが美味しすぎる。しかし飲食は体力的にキツい。手荒れがひどくなり、長期では断念。29歳にしてバイト最年長。フリーターの限界が見える。

< 29歳 – > 観光ガイド。飲食、事務、教育でない仕事、、がここにあった。話すのが好き、学生が好き、なのでハマった。今年もやるぞ。添乗員は無理だけど。

30歳を超えてイラスト、デザインの仕事が少しずつ増えてくる。嬉しい。もうバイトで仕事を覚えるのは無理だし、頑張るぜ・・・

えらい長くなりましたが、苦手な仕事は避ける、それ以外は、まずは選ばずやってみると意外と面白いよ、とお伝えしたいです。

お金をもらうとか、才能とか

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美大を出てからもうすぐ10年。

それでも自信を持って「イラストレーターしてます」と言えるようになったのは、3年ほど前からです。少しずつ連載などの依頼をいただけるようになって、これはイラストレーターって名乗ってもいいんやな、ってようやく胸を張れるようになった気がします。

今雑誌のコラムや広報誌に奈良や船の事を書きたいなぁ。あわよくば、本屋さんに、書籍が並んで欲しいなぁ、というのが今年の夢です。

制作したものに、ちゃんと対価を頂けるようになって、すごく誇りを持てるようになりました。これホント。お金が全てじゃないけど、対価をもらえるようになる、というのは社会的な評価をもらえた証だと実感しています。

 

 

才能があるとかないとか、学生の頃はだいぶ気にしたけど、もう、そんなんどうでもいいです。イラストもデザインも上手い人ゴロゴロいて、自分の手が追いつかなくて毎度悔しい。

でも、すごい才能というのかセンスがある人が辞めたり、つぶれたりすることもいっぱいある。ウサギとカメみたい。

大学を卒業したての頃は会社に入ったこともあり、チビチビこっそり活動してました。その頃からええ塩梅の依頼をしてくれた人がいるおかげで、ずっとずっと、手を休めずにここまでこれています。

ほんとに牛歩ペースですが、ここまでボチボチと制作をつづけていたら、いろんな方が見てくれるようになりました。見てるよ~って同級生から声をかけてもらったり、思いがけない人とつながったりできると、続けていて良かったなぁと思います。

 

学校では「苦手なことも頑張ろう」的なムードもあったけど、私はいかに苦手なことを、好きな方向に持っていくかにずっと心砕いてました。そしてなるべく好きな方向を向いていろいろ続けていたら、ええ感じの景色が見えてきた気がします。

チビチビのペースでも、続けていると、いいことが、あります。